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一般社団法人 相模カンツリー倶楽部 http://www.sagamicc.org/

TEL. 046-274-3130

〒242-0008 神奈川県大和市中央林間西七丁目1番1号

倶楽部の歴史


1972 〜 1988
(昭和47年 〜 昭和63年)
半世紀が過ぎて

昭和47年(1972年)7月、佐藤栄作首相が7年8か月の在任記録を残して退陣した後、「列島改造論」を掲げた田中内閣が誕生した。公共事業が拡大されて開発ブームが起き、48年4月に建設省(当時)が発表した地価は前年比30.9%、さらに49年には32.4%というすさまじい暴騰ぶりだった。宅地はわずか2年で2倍になるところも出た。
第4次中東戦争をきっかけに「石油ショック」が起き、激しいインフレは「狂乱物価」と呼ばれた。

50周年の記念植樹のヤマモモ雌雄

50年史(昭和58年12月発行)

コースの整備は引き続き進んだ。
昭和47年、4ヶ年計画で進められてきたベントグリーンへの張り替え工事が終わった。翌年には、3,700万円かけて、全グリーンに自動散水装置を設置した。
石油ショック」「円高不況」にも関わらず、ゴルフ熱は収まらなかった。昭和48年には来場者51,269人と、相模開場以来の新記録となり、49年も5万人を超えた。戦前は1万人、戦後は2~3万人で推移してきただけに、驚くような数字である。

相模では創立50周年を期に様々な事業・工事が進められ、昭和54年12月、キャディハウス改築工事完成、55年3月、新駐車場完成、同年7月コース管理事務所完成、風呂場の増改築。
また、地域社会への協力の証として、この年から大和市民ゴルフ大会にコースを提供することになった。さらに近隣の幼稚園の遠足や市民運動会、ゲートボール大会などにもコースを開放した。これらにサービスは現在も続いているが、これは公益社団法人としての役割にも合致している。また、地元大和市や相模原市の福祉団体にも、毎年、寄付を続けている。

正面玄関わきのフラッグポールは、50周年の記念事業として再建されたものである。もともとは、10番の練習グリーン近くに立っていたが、昭和16年ごろのある夜、落雷により2つに折れ、姿を消してしまったといわれている。わが国には珍しいマスト型フラッグ・ポールで、相模の名物でもあった。これは設計者のアントニン・レーモンドが「英国・セントアンドリュースのR&Aゴルフクラブがフラッグポールとして19世紀にお茶の輸送などに活躍した大型快速帆船カティーサーク号のメインマストを使っているが、相模でもどうか」と提案したのが始まりだったと伝えられている。レーモンドは多分、船をイメージしたというクラブハウスとのマッチングを考えたのだろう。

40年ぶりに復活したフラッグポール